カテゴリー: ASD・人との関わり

  • 話せない私は嫌われていると思っていた|人の好意を信じられなかった私

    私はずっと、話せないから嫌われているんだろうなと思っていました。誰かにそう言われたわけではありません。でも、話しかけられても返事ができない。自分から話しかけることもできない。そんな自分を見て、「こんな私と一緒にいても楽しくないだろうな」と思っていました。

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    誘われても、素直に信じられなかった

    私をグループに入れようとしてくれる人がいても、素直には受け取れませんでした。「本当に私と一緒にいたいから誘っているのかな」と思っていました。

    周りに「あんな子を誘ってあげて、いい人だと思われたいだけなんじゃないか」とか、「先生からの評価を上げたいだけなんじゃないか」と思うこともありました。また、「かわいそうだから誘っているだけなんじゃないか」とも思っていました。本当に私と一緒にいたいから誘ってくれているのか。それとも、別の理由があるのか。私は、人の好意をそのまま信じることができませんでした。

    大人になってから、自分から輪に入ろうとした

    大人になってから、病院のデイケアで人の輪の中に入ろうとしたことがありました。子どもの頃とは違って、今度は自分から関わろうとしました。でも、そこで私は無視されて、まるでそこにいないように扱われたと感じました。

    その出来事のあと、「もう関わるのはやめよう」と思いました。それくらい、そのときのことが私の中に強く残りました。

    友達は欲しい。でも、信じることが難しい

    今、私には友達と呼べる人はいません。でも、今でも友達が欲しいと思うことはあります。ただ、人と関わることはなかなか難しいです。これまで、いろいろなことがありすぎて、私は人をなかなか信じられないのだと思います。

    友達が欲しくないわけではありません。でも、人と近づこうとすると、これまでの出来事を思い出してしまいます。「また傷つくかもしれない」と思うこともあります。人と関わりたい気持ちは今でもあります。でも、信じることが難しい。それが、今の私です。

    今も、人の好意はよく分からない

    今でも、相手が自分に好意を持ってくれているのか、正直よく分かりません。言葉や態度を見ても、「本当にそう思っているのかな」と考えてしまうことがあります。

    でも今は、以前ほど深く考えないようにしています。相手の気持ちは、自分では全部分かりません。考え続けても答えが出ないこともあります。だから今は、「分からないものは、分からないままでいい」と思うようにしています。

    夫の好意は分かりやすかった

    他人の気持ちは今でもよく分からないことがあります。でも、夫の好意は私にも分かりやすかったです。言葉や行動から、「大切にしてくれているんだな」と感じることができました。だから、夫と一緒にいて幸せです。

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    この記事を書いた人
    かおり。選択性緘黙とASDの当事者です。プロフィールはこちら

    この記事は私個人の体験をまとめたもので、医療上の助言ではありません。体調が心配なときは、医療機関や専門の相談窓口に相談してください。詳しくは免責事項をご覧ください。

  • 冗談か本気か分からなかった|言葉をそのまま受け取っていた私

    子どもの頃、家で家族が冗談を言うことがありました。でも私は、それを冗談だとは思わず、そのまま本気に受け取ってしまうことがよくありました。あとになって「冗談だよ」と言われて、初めて分かることもありました。

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    どこで冗談だと判断するのか分からなかった

    まったく分からなかったわけではありません。ときどき「もしかして、これは冗談かな?」と思うこともありました。でも、確信が持てませんでした。言い方なのか。表情なのか。その場の雰囲気なのか。私は、どこを見て冗談だと判断すればいいのか分かりませんでした。そのため、結局は言われたことをそのまま本気に受け取ってしまうことが多かったです。

    どうしてわざわざ冗談を言うのか分からなかった

    私は、「どうしてわざわざ冗談を言うんだろう」と思うこともありました。本当のことを言えばいいのに、なぜ違うことを言うんだろう。何のために言うんだろう。周りの人にとっては、楽しい会話のひとつだったのかもしれません。でも当時の私は、その意味がよく分かりませんでした。

    私が真面目すぎたのかと思うこともあった

    「私は真面目すぎるのかな」と思うこともありました。でも今振り返ると、ただ真面目だったというだけではなく、冗談だと判断するための手がかりが分かりにくかったのだと思います。

    冗談だと分かったあとには、「どうして私は分からなかったんだろう」と悔しくなることもありました。周りの人には自然に分かることなのに、自分には分からない。そのことが、とても悔しかったです。

    今でも冗談かどうか判断するのは苦手

    今でも、冗談か本気かを判断することは苦手です。「これは冗談かな」と思っても、確信が持てないことがあります。昔よりは、「もしかしたら冗談かもしれない」と考えられるようになりました。でも、冗談かどうかを見分けることは、今でも簡単ではありません。

    夫の冗談は分かりやすい

    今の夫の冗談は、私には分かりやすいです。言い方や雰囲気で、「これは冗談だな」と分かることが多いです。安心できる相手だからこそ、冗談として受け取りやすいのかもしれません。私にとっては、冗談そのものが苦手というより、冗談だと分かる手がかりが少ないと判断しにくいのだと思います。

    私自身が冗談を言うことも苦手

    私は、自分から冗談を言うことも苦手です。「これを言ったら冗談として伝わるかな」「相手が本気に受け取らないかな」と考えてしまいます。自分自身が冗談を本気に受け取ってしまうことがあるからこそ、相手にも同じように伝わってしまわないか気になります。

    そのため、私は無理に冗談を言おうとするより、できるだけそのまま言葉にして伝えることの方が多いです。今でも冗談を見分けることは得意ではありません。でも、自分にはそういう難しさがあると分かるようになったことで、昔よりは少しだけ受け止めやすくなった気がします。

    周りの人にお願いしたいこと

    私の場合ですが、次のようにしてもらえると助かります。

    • 冗談を言ったあとに、「冗談だよ」と一言添えてもらえると安心する
    • 本気かどうか迷っているときに、「本気?」と聞いても責めないでほしい
    • 信じてしまったことを、笑わないでほしい

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  • 「どっちがいい?」と聞かれることが苦手だった|自分で選ぶことの難しさ

    私は三姉妹でした。何かが三色あるときは、妹たちが先に選び、私は最後になることが多かったです。自分で「これがいい」と選ぶというより、残ったものを受け取ることが多く、子どもの頃は自分で選ぶ余地があまりありませんでした。

    自分で選ぶことの難しさを書いた記事のイメージ画像

    学校で「どっちがいい?」と聞かれると困った

    学校では、「どっちがいい?」と聞かれることがありました。そんなとき、私はとても困りました。どちらを選べばいいのか分からない。どちらが自分に合っているのかも分からない。すぐには決められず、迷って、悩んでしまいました。周りの子は自然に選んでいるように見えるのに、私はなかなか決められない。そのことも、私にとっては苦しいことでした。

    大人になっても、選ぶことは難しかった

    大人になってから、病院でも自分で選ぶ場面がありました。最初は、「どれを選んだらいいのか分からない」という状態でした。でも、それがすぐに変わったわけではありません。一年くらいかけて、少しずつ、「これにしようかな」と思えるようになっていきました。

    それでも、その気持ちを口に出して伝えることはできませんでした。自分の中では答えが少しずつ見えてきている。でも、それを相手に伝えるところで止まってしまう。私にとっては、選ぶことと、それを言葉にして伝えることは別の難しさだったのだと思います。

    今は夫に聞かれると答えられる

    でも今は、夫に「何がいい?」「どっちがいい?」と聞かれたら、ちゃんと答えることができます。それは、今の夫だから安心して答えられるのだと思います。何かを選んでも、変に思われない。自分の希望を言っても大丈夫。そう思える相手だから、私は自分の気持ちを言葉にできます。

    昔の私は、自分で選ぶことも、その気持ちを相手に伝えることも難しかったです。でも今は、安心できる相手になら、自分の希望を言葉にできます。私にとっては、「選べるようになったこと」だけではなく、「安心して自分の希望を伝えられる相手がいること」も、大きな変化です。

    今は、自分の気持ちを少しずつ選べるようになった

    昔は、「どっちがいい?」と聞かれると、どう答えればいいのか分からなくなることがありました。相手がどう思うかを気にしすぎて、自分が本当はどちらを選びたいのか分からなくなることもありました。でも今は、少しずつ、「私はこっちがいい」と、自分の気持ちで決められるようになってきました。

    それは、たぶん夫の存在も大きいと思います。夫と一緒に過ごす中で、自分の希望を言っても大丈夫だと思えることが増えました。今では、前よりも素直な気持ちで選べるようになってきています。

    聞く側の人にお願いしたいこと

    私の場合ですが、次のようにしてもらえると選びやすいです。

    • 選択肢は2つくらいに絞って聞いてもらえると答えやすい
    • 答えを急がずに、待ってもらえると安心する
    • どちらを選んでも責めない、と伝えてもらえるとうれしい

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  • 「一生の友達ね」と言われて、私はなぜ引っかかったのか|ASDだと分かる前のこと

    昔、友達から「私たち、一生の友達ね!」と言われたことがありました。でも、その言葉を聞いたとき、私は素直に「うれしい」とは思いませんでした。むしろ、「一生なんてありえないのに、なんでそんな言い方をするんだろう」と思いました。

    一生の友達という言葉に引っかかった記事のイメージ画像

    これから先、何が起こるかなんて分かりません。ずっと同じ関係でいられるかどうかも、誰にも分からないはずです。それなのに、どうして「一生」と言い切れるんだろう。私には、その言葉が不思議でした。

    「一生」という言葉が引っかかった

    相手は、深い意味まで考えずに「ずっと仲良くしようね」という気持ちで言ったのかもしれません。でも当時の私は、そういう受け取り方ができませんでした。「一生」と言うなら、本当に一生なんだろうか。できるかどうか分からないことを、どうしてそんなふうに言えるんだろう。そんなことを考えていました。

    やっぱり「一生」ではなかった

    その後、私たちは一生の友達ではありませんでした。そのとき私は、「一生って言ったくせに。嘘つき」と思いました。最初から「一生なんてありえない」と思っていたのに、実際にそうならなかったら、やっぱり「嘘だった」と感じたのです。

    ASDだと分かった今、振り返ると

    大人になってASDだと分かってから、昔の出来事を振り返ることがあります。あのとき私は、単に言葉をそのまま信じていたというより、言葉の意味をとても真剣に考えていたのだと思います。「一生」と言うなら、一生。「約束」と言うなら、約束。相手がどんな気持ちでその言葉を使ったのかよりも、言葉そのものの意味が気になっていました。

    もちろん、これがすべてASDのためだったのかは、私には分かりません。でも、昔から人との会話の中で、「どうして、そういう言い方をするんだろう?」と引っかかることが何度もありました。今になって振り返ると、それも私の物事の受け取り方の一つだったのかな、と思います。

    今は、人の言葉をそのまま受け取らないようにしている

    今振り返ると、「一生の友達ね」という言葉を、まだ友達関係が始まったばかりのときに軽々しく言うものではないと思います。私はこれまで、人の言葉をそのまま受け取って傷ついたことが何度もありました。だから今は、相手の言葉だけですぐに判断しないようにしています。

    うれしい言葉を言われても、一度冷静になって考える。その人が普段どんなふうに接してくれているのかも見るようにしています。言葉をそのまま信じて傷つくのは自分です。だからこそ今は、少し距離を置いて考えることを意識しています。

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  • 友達が待ち合わせに来なかった日。「約束したのに」と思った私

    待ち合わせ場所で、ただ待っていた

    その頃は、まだ携帯電話やメールがない時代でした。連絡を取ることもできず、私は待ち合わせ場所で、ただ友達が来るのを待っていました。30分くらい待ったと思います。それでも友達は来ませんでした。

    待ち合わせに友達が来なかった記事のイメージ画像

    「約束したのに、どうして来ないの?」「友達だと思っていたのに、なぜ?」。だんだん、悲しいというよりも怒りが湧いてきました。約束を破られた、裏切られたように感じて、とても悔しかったのを覚えています。

    「約束した覚えはない」と言われた

    後日、その友達に会ったとき、私は待ち合わせのことを聞きました。すると友達から、「約束した覚えはない」と言われました。私は驚きました。私の中では、確かに約束をしたつもりでした。だからこそ、30分も待っていました。「私は約束したと思っていたのに、どうして?」。その言葉を聞いても、すぐには納得できませんでした。

    今振り返って思うこと

    今振り返ってみても、あのとき何が食い違っていたのか、本当のところは分かりません。ただ、私にとって「約束」は、とてもはっきりしたものでした。約束したのなら、その時間、その場所に行く。それが当たり前だと思っていました。

    今思うと、私は言葉をそのまま受け取っていたのだと思います。相手にとっては軽い話だったのかもしれません。でも私にとっては、一度交わした約束は守るもの。その認識が相手と違っていることに、当時の私はなかなか気づけませんでした。

    ASDだと分かった今、思うこと

    大人になってASDだと分かってから、昔の出来事を振り返ることがあります。あのときの私は、「約束した」という言葉をそのまま受け取り、相手も同じように考えていると思っていました。今なら、同じ言葉を交わしていても、お互いの受け取り方が違うことがあると分かります。

    だからといって、あのとき感じた怒りや悔しさがなくなるわけではありません。ただ、「どうして?」とずっと分からなかった出来事を、今は少し違う角度から見られるようになりました。

    今なら、前日に確認すると思う

    今振り返ると、あの出来事は、引っ越してきたばかりの私をからかっていたのかもしれません。当時は電話もメールもなく、私はただ待つことしかできませんでした。

    今なら、前日にLINEで「明日、楽しみにしてるねー♪」と送っておくと思います。それでも相手が来なかったら、「大丈夫?」とLINEで聞きます。返事がなかったり、納得できないことがあったとしても、今の私はそれ以上深く追求しないと思います。相手の気持ちをずっと考え続けるより、そこで終わりにして、自分の気持ちを切り替える方がいい。今はそう思っています。

    約束のすれ違いを減らすためのひとこと

    私の場合は、約束の前に文字で確認しておくと安心です。

    • 前日に、日時と場所を文字で送っておく
    • 当日、連絡がつかないときは、何分待つかを自分の中で決めておく
    • 来なかったときは、責めるより先に、「大丈夫?」と聞いてみる

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  • ASDの私が、日常生活で困ってきたこと

    はじめまして、かおりです。私は、日々の生活の中で「どうしてこんなに疲れるんだろう」「どうしてうまくできないんだろう」と感じることがたくさんありました。人との関わり方、予定の変更、音や周りの環境、毎日のちょっとしたことなど、他の人にとっては普通にできることが、私にはとても大変に感じることがあります。

    ASDの日常生活の困りごとを書いた記事のイメージ画像

    以前は、それが自分の性格の問題なのかなと思っていました。「もっと頑張らなきゃいけない」「みんなはできているんだから、自分もできるはず」。そう思って、無理をしてしまうこともありました。

    ASD(自閉スペクトラム症)とは

    ASDは、発達障害のひとつで、人とのやり取りやコミュニケーションの取り方、物事の受け取り方、こだわりや感覚の過敏さなどに特徴があるとされています。現れ方は人によって大きく違います。診断は医師が行うもので、この記事は私個人の体験をもとに書いています。くわしい説明は、発達障害情報・支援センターなどの公的な情報で確認してください。

    私が困ってきたこと

    私が日常で困ってきたことを、場面ごとにまとめます。それぞれ、詳しい体験は別の記事に書いています。

    自分に合う方法を探すようになった

    でも、自分について知っていく中で、少しずつ「自分にはこういう特徴があるんだ」と考えられるようになりました。そして、生活の中で困ることがあったときには、できるだけ楽に過ごせる方法を探すようになりました。便利なものを使ってみたり、やり方を変えてみたり、最初から無理をしないようにしてみたり。うまくいくこともあれば、うまくいかないこともあります。

    具体的には、次のような工夫をしています。

    • 電話をする前に、伝えたい要件をメモしておく
    • 美容院の予約はネットでする
    • 診察で話したいことを、事前にメモしておく
    • 約束は、前日に文字で確認する
    • 分からないことは、早めに夫に聞いて整理する

    それぞれの工夫は、話すのが苦手な私の連絡手段の使い分けにもまとめています。

    このブログで伝えていきたいこと

    このブログでは、そんな私の日々の経験を少しずつ書いていきたいと思っています。「これを使ったら少し楽だった」「こうしたらうまくいった」「これは私には合わなかった」。そんなことも、できるだけ正直に残していくつもりです。同じように生きづらさを感じている方にとって、何かひとつでも参考になるものがあれば嬉しいです。


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    かおり。選択性緘黙とASDの当事者です。プロフィールはこちら

    この記事は私個人の体験をまとめたもので、医療上の助言ではありません。体調が心配なときは、医療機関や専門の相談窓口に相談してください。詳しくは免責事項をご覧ください。