私はずっと、話せないから嫌われているんだろうなと思っていました。誰かにそう言われたわけではありません。でも、話しかけられても返事ができない。自分から話しかけることもできない。そんな自分を見て、「こんな私と一緒にいても楽しくないだろうな」と思っていました。

誘われても、素直に信じられなかった
私をグループに入れようとしてくれる人がいても、素直には受け取れませんでした。「本当に私と一緒にいたいから誘っているのかな」と思っていました。
周りに「あんな子を誘ってあげて、いい人だと思われたいだけなんじゃないか」とか、「先生からの評価を上げたいだけなんじゃないか」と思うこともありました。また、「かわいそうだから誘っているだけなんじゃないか」とも思っていました。本当に私と一緒にいたいから誘ってくれているのか。それとも、別の理由があるのか。私は、人の好意をそのまま信じることができませんでした。
大人になってから、自分から輪に入ろうとした
大人になってから、病院のデイケアで人の輪の中に入ろうとしたことがありました。子どもの頃とは違って、今度は自分から関わろうとしました。でも、そこで私は無視されて、まるでそこにいないように扱われたと感じました。
その出来事のあと、「もう関わるのはやめよう」と思いました。それくらい、そのときのことが私の中に強く残りました。
友達は欲しい。でも、信じることが難しい
今、私には友達と呼べる人はいません。でも、今でも友達が欲しいと思うことはあります。ただ、人と関わることはなかなか難しいです。これまで、いろいろなことがありすぎて、私は人をなかなか信じられないのだと思います。
友達が欲しくないわけではありません。でも、人と近づこうとすると、これまでの出来事を思い出してしまいます。「また傷つくかもしれない」と思うこともあります。人と関わりたい気持ちは今でもあります。でも、信じることが難しい。それが、今の私です。
今も、人の好意はよく分からない
今でも、相手が自分に好意を持ってくれているのか、正直よく分かりません。言葉や態度を見ても、「本当にそう思っているのかな」と考えてしまうことがあります。
でも今は、以前ほど深く考えないようにしています。相手の気持ちは、自分では全部分かりません。考え続けても答えが出ないこともあります。だから今は、「分からないものは、分からないままでいい」と思うようにしています。
夫の好意は分かりやすかった
他人の気持ちは今でもよく分からないことがあります。でも、夫の好意は私にも分かりやすかったです。言葉や行動から、「大切にしてくれているんだな」と感じることができました。だから、夫と一緒にいて幸せです。
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この記事を書いた人
かおり。選択性緘黙とASDの当事者です。プロフィールはこちら
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