この記事は、私自身の体験を書いたものです。選択性緘黙についての説明は、話したいのに、声が出なかった|選択性緘黙の体験に書いています。

「一緒に昼ごはんを食べよう」と言われたとき
「一緒に昼ごはんを食べよう」
そう言われたとき、私はすぐにその言葉を信じることができませんでした。話せない私は、そこにいてはいけないような気がしていたからです。
最初の何ヶ月かは、一緒に昼ごはんを食べていました。でも、時間が経つにつれて、少しずつ誘われなくなっていきました。
一緒にいるときも、私は何を話したらいいのか分かりませんでした。周りの人たちが話しているのを聞きながら、ただそこにいるだけでした。
「意味わかるの?」と言われた
そんなある日、みんなで話しているときに、誰かが冗談を言いました。私もその意味が分かって、おかしくて笑いました。
すると、こう言われました。
「意味わかるの?」
その言葉を聞いたとき、私は傷つきました。話せないだけで、何も分からないわけじゃない。でも、そのときの私は、何も言い返すことができませんでした。
「やっぱり、そうなると思ってた」
そのとき私は、「やっぱり、そうなると思ってた」と思いました。
最初に誘われたときから、いつかこうなるような気がしていました。話せない私が一緒にいても、きっとそのうち嫌がられる。そんなふうに思っていたからです。
誘われなくなったときも、「やっぱり」と思いました。悲しかったけれど、どこかで最初から諦めていた自分もいました。
「話せないこと」と「一緒にいられないこと」を同じように考えていた
今振り返ると、私は「話せないこと」と「人と一緒にいられないこと」を、同じように考えていたのかもしれません。
- 話せないから、相手を楽しませることができない
- 話せないから、一緒にいてもらえなくなる
そんなふうに思っていました。
でも、本当は、話すことができなくても、相手の話は聞いていました。冗談の意味も分かっていました。笑うことも、傷つくこともありました。外からは何も反応していないように見えても、私の中では、いろいろなことを感じていたのです。
話せないことと、分からないことは違う
話せないことと、分からないことは、別です。
言葉にできなくても、ちゃんと聞いて、考えて、感じていました。あの頃の私は、それを誰かに分かってほしかったのだと思います。
今の私なら、こう思う
今の私なら、あの頃の自分に、「話せなくても、そこにいていいんだよ」と言ってあげたいです。
それから、「あんな話で無理に笑わなくてもよかった」とも思います。周りに合わせようとして笑っただけなのに、それで自分を見下すような言葉を言われる必要はなかったと思います。
あのときは、うまく言い返すことができませんでした。でも今は、そう思えます。
周りの人にお願いしたいこと
- 話さない人が、話の内容を理解していないとは限らない
- 反応が小さくても、笑ったり、聞いたり、感じたりしているかもしれない
- 本人の前で「分かるの?」と確かめるような言い方は、傷つけてしまうことがある
もし確かめたいことがあるときは、「この話、どう思った?」のように、答えやすい形で聞いてもらえるとうれしいです。
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この記事を書いた人
かおり。選択性緘黙とASDの当事者です。プロフィールはこちら
この記事は私個人の体験をまとめたもので、医療上の助言ではありません。体調が心配なときは、医療機関や専門の相談窓口に相談してください。詳しくは免責事項をご覧ください。