子どもの頃、家で家族が冗談を言うことがありました。でも私は、それを冗談だとは思わず、そのまま本気に受け取ってしまうことがよくありました。あとになって「冗談だよ」と言われて、初めて分かることもありました。

どこで冗談だと判断するのか分からなかった
まったく分からなかったわけではありません。ときどき「もしかして、これは冗談かな?」と思うこともありました。でも、確信が持てませんでした。言い方なのか。表情なのか。その場の雰囲気なのか。私は、どこを見て冗談だと判断すればいいのか分かりませんでした。そのため、結局は言われたことをそのまま本気に受け取ってしまうことが多かったです。
どうしてわざわざ冗談を言うのか分からなかった
私は、「どうしてわざわざ冗談を言うんだろう」と思うこともありました。本当のことを言えばいいのに、なぜ違うことを言うんだろう。何のために言うんだろう。周りの人にとっては、楽しい会話のひとつだったのかもしれません。でも当時の私は、その意味がよく分かりませんでした。
私が真面目すぎたのかと思うこともあった
「私は真面目すぎるのかな」と思うこともありました。でも今振り返ると、ただ真面目だったというだけではなく、冗談だと判断するための手がかりが分かりにくかったのだと思います。
冗談だと分かったあとには、「どうして私は分からなかったんだろう」と悔しくなることもありました。周りの人には自然に分かることなのに、自分には分からない。そのことが、とても悔しかったです。
今でも冗談かどうか判断するのは苦手
今でも、冗談か本気かを判断することは苦手です。「これは冗談かな」と思っても、確信が持てないことがあります。昔よりは、「もしかしたら冗談かもしれない」と考えられるようになりました。でも、冗談かどうかを見分けることは、今でも簡単ではありません。
夫の冗談は分かりやすい
今の夫の冗談は、私には分かりやすいです。言い方や雰囲気で、「これは冗談だな」と分かることが多いです。安心できる相手だからこそ、冗談として受け取りやすいのかもしれません。私にとっては、冗談そのものが苦手というより、冗談だと分かる手がかりが少ないと判断しにくいのだと思います。
私自身が冗談を言うことも苦手
私は、自分から冗談を言うことも苦手です。「これを言ったら冗談として伝わるかな」「相手が本気に受け取らないかな」と考えてしまいます。自分自身が冗談を本気に受け取ってしまうことがあるからこそ、相手にも同じように伝わってしまわないか気になります。
そのため、私は無理に冗談を言おうとするより、できるだけそのまま言葉にして伝えることの方が多いです。今でも冗談を見分けることは得意ではありません。でも、自分にはそういう難しさがあると分かるようになったことで、昔よりは少しだけ受け止めやすくなった気がします。
周りの人にお願いしたいこと
私の場合ですが、次のようにしてもらえると助かります。
- 冗談を言ったあとに、「冗談だよ」と一言添えてもらえると安心する
- 本気かどうか迷っているときに、「本気?」と聞いても責めないでほしい
- 信じてしまったことを、笑わないでほしい
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この記事を書いた人
かおり。選択性緘黙とASDの当事者です。プロフィールはこちら
この記事は私個人の体験をまとめたもので、医療上の助言ではありません。体調が心配なときは、医療機関や専門の相談窓口に相談してください。詳しくは免責事項をご覧ください。