学生の頃、講堂の2階で就職担当の先生と話をしたことがあります。何について話していたのか、今では細かいところまでは覚えていません。でも、先生から言われた言葉は、今でもいくつも覚えています。

話したいのに、話せない
先生から最初に言われたのは、「コミュニケーションをとろうとしていない」「しゃべろうとしていない」「思っているなら、しゃべるはずだ」という趣旨の言葉でした。私はその言葉を聞きながら、どこか見当ちがいのことを言われているような気がしていました。
私は、話したくなかったわけではありません。自分のことを知ってもらいたくなかったわけでもありません。話したい気持ちはあっても、言葉がうまく出てこないことがありました。「思っているなら、しゃべるはずだ」と言われても、私にとっては、思っていることと、それを言葉にして口から出せることは同じではありませんでした。
障害者手帳の話や、「その人たちは、必死で思いを伝えようとする」という話もされました。その言葉を聞いても、やはり自分の困っていることとは少し違う話をされているように感じました。私にも伝えたい気持ちはありました。でも、伝えたいと思っているからといって、すぐに言葉にできるわけではありませんでした。
「好きなことがないのはおかしい」と言われて
さらに先生から、好きなことがない、目標がない、興味があることがない、読みたい本がない、というのはおかしい、とも言われました。でも当時の私は、そう聞かれても、うまく答えることができませんでした。
本当に何も感じていなかったわけではなかったと思います。ただ、自分が何を好きなのか、何に興味があるのかを、その場ですぐに言葉にして伝えることが難しかったのです。「ない」のではなく、自分の中にあるものをうまく外に出せなかった。今振り返ると、そんな状態だったのかもしれません。
「足かせがあるんじゃないの? 足かせは何?」とも聞かれました。でも私は、うまく答えることができませんでした。苦しいことは分かっていても、何が自分を苦しめているのか、それを説明する言葉を持っていなかったのだと思います。
「頑張ったのはあなたじゃない」
そして先生から、「頑張ったのはあなたじゃない。両親だよ」と言われました。確かに、学費を出してくれたのも、生活を支えてくれたのも両親です。そのことには感謝しています。だから、「両親のおかげだよね」と思う気持ちもありました。
でも同時に、心の中ではこう思っていました。「でも、資格の勉強をしたのは私だよ」。資格を取るために勉強したのは私です。両親に支えてもらったことと、私自身が頑張ったことは、どちらか一方だけではないと思いました。
「能面のようだ」と言われて
そして先生からは、「能面のようだ」とも言われました。さらに、「能面は、あれでも見る側によって表情があるけれど、あなたにはそれがない」と言われました。その言葉を聞いて、私は泣いてしまいました。そして、中学3年生の頃に言われた言葉を思い出しました。
「生きてるか死んでるかわからない」
昔から私は、周りの人から見ると、表情が乏しく見えていたのかもしれません。でも、何も感じていなかったわけではありません。ただ、それを表情や言葉にして外に出すことが、とても難しかったのです。
泣いた私の手を握ってくれた
私が泣くと、先生は手を握ってくれました。悲しいことも、悔しいことも、傷つくこともありました。そして、「泣いたこと、少し安心した」と言いました。先生にとっては、私が泣いたことで「ちゃんと感情がある」と感じたのかもしれません。先生の言葉は、今思い返しても厳しかったと思います。でも、私に何とか変わってほしい、自分の気持ちを出してほしいと思っていたのかもしれません。
今振り返って思うこと
ただ当時の私は、努力していなかったのではありません。伝えようとしていなかったのでもありません。伝えたいのに、うまく伝えられなかった。話したいのに、言葉が出なかった。 その違いを、当時の私は自分でもうまく説明することができませんでした。
今なら、あの頃の自分にこう言ってあげたいです。「ちゃんと感じていたし、ちゃんと頑張っていたよ」 言葉や表情に出せなかっただけで、私の中にはちゃんと気持ちがありました。
今の私なら、こう思う
先生は、私のことを十分に知らないまま、あの言葉を言ったのだと思います。でも、だからといって何を言ってもいいわけではありません。先生という立場であっても、人を傷つけていいとは限らない。今の私は、そう思います。
当時の私は、その言葉をそのまま受け取って傷つきました。でも今なら、「私のことを何も知らない人の一言で、私が頑張ってきたことまで否定されるわけではない」と思えます。
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この記事を書いた人
かおり。選択性緘黙とASDの当事者です。プロフィールはこちら
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