「生きてるか死んでるかわからない」と言われた中学3年の頃

中学3年生のとき、班替えがありました。そのとき、ある男子と同じ班になり、隣の席になりました。すると、その男子から「生きてるか死んでるかわからない」と言われました。それだけではなく、周りのみんなにも同意を求めるような言い方をしていました。

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私は何も言い返せませんでした。心の中で、「私なりに一生懸命生きてきたのに、なんでそんなことを言われないといけないの?」と思いました。ちょうどそのあとチャイムが鳴ったので、涙目のままトイレに逃げました。私を追いかけてきてくれた女子がいました。

先生に「何があったの?」と聞かれても言えなかった

そのあと、担任の先生から「何があったの?」と聞かれました。でも、私は言えませんでした。心の中では、「どうせ言っても助けてくれないでしょ」と思っていました。小学生の頃、嫌なことがあっても、親も先生も周りの子も助けてくれなかった。その記憶が残っていたからです。私にとっては、「先生に話す」ということ自体が簡単なことではありませんでした。

家では「あなたが喋らないから悪い」と言われた

その後、担任の先生が家に電話をしたようです。でも家では、私は怒られました。「あんたが喋らないから悪いんでしょう?」。また、いつものような言葉でした。さらに、「いじめられたなら転校すればいいんだから」とも言われました。

私は心の中で、「転校して、何が解決するの?」と思っていました。場所を変えれば、私が話せないことや、傷ついた気持ちまでなくなるわけではありません。

話せなかったことと、傷つけられていいことは別だった

あの頃の私は、助けを求める方法も分かりませんでした。そして、何かあっても最後には、「あなたが話さないから悪い」と言われるような気がしていました。だから、ますます言えなくなっていったのだと思います。

でも今振り返ると、話せなかったことと、傷つけられていいことは別だったと思います。言い返せなかったからといって、つらくなかったわけではありません。昔のことでも、傷はなくなったわけではありません。思い出すと、今でもしんどくなることがあります。

同じように言えなかった人へ

もし同じように、言いたくても言えなかった人がいたら、ひとりではないと思ってもらえたらうれしいです。 うまく言葉にできなくても、傷ついた気持ちはちゃんとそこにあります。

今の私なら、こう思う

今の私なら、あの言葉をそのまま受け取らないと思います。私は、話せないことで不安や悩みを一人で抱えながら、それでも毎日を生きてきました。自分なりに一生懸命頑張ってきたつもりです。だから今なら、「生きてるか死んでるかわからないなんて、言われる筋合いはない」と思います。

外から見ただけでは、その人がどれだけ苦しんでいるのか、どれだけ頑張っているのかは分からないと思います。どれだけ一生懸命生きてきたかは、本人にしか分からない。 私は今、同じように人から傷つく言葉を言われた人に、そう伝えたいです。

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この記事を書いた人
かおり。選択性緘黙とASDの当事者です。プロフィールはこちら

この記事は私個人の体験をまとめたもので、医療上の助言ではありません。体調が心配なときは、医療機関や専門の相談窓口に相談してください。詳しくは免責事項をご覧ください。