この記事は、私自身の体験を書いたものです。診断や治療についての助言ではありません。

選択性緘黙(かんもく)とは
選択性緘黙とは、家など安心できる場面では話せるのに、学校など特定の場面では、声を出して話すことが続けてできなくなる状態のことです。「話したくない」「わがまま」「人見知り」とは違い、本人が話そうと思っても、声が出ないのが特徴だと説明されています。
くわしい説明は、かんもくネットなどの専門団体の情報や、医療機関で確認してください。ここからは、私の場合のことを書きます。
「話したい」のに話せなかった
話しかけられても、私は答えることができませんでした。
どうして話せないのか、自分でも分かりませんでした。答えたくないわけではありません。話したいと思っているのに、声が出なかったのです。
家では話せるのに、学校では声が出なかった
家では、家族と普通に話すことができました。でも、学校では声が出ませんでした。
自分でも、どうして場所が変わるだけで話せなくなるのか分かりませんでした。「明日は話そう」と思って学校へ行っても、いざ誰かを前にすると、やっぱり声が出ない。それを何度も繰り返していました。
学校で話せないことを、家族に相談することもできませんでした。自分でも理由が分からず、どう説明すればいいのかも分からなかったからです。
「これは夢の中なんじゃないか」と思っていた
周りの子は普通に話しているのに、私だけ話せない。「こんなの、おかしいよ」と思っていました。
何度も、「もしかして、これは夢の中なんじゃないか」と思いました。目が覚めたら、普通に話せる自分になっているんじゃないか。そんなふうに考えることもありました。でも、朝になっても何も変わりませんでした。
不安も悩みも、誰にも言えないまま、一人で抱えていました。誰かに話しかけてもらえると、本当はうれしかったです。人と関わりたくなかったわけではありません。友達と話したかったし、みんなの輪の中にも入りたかったです。
友達と呼べる人はいなかった
学校では、友達と呼べる人はいませんでした。
誰かに話しかけられると、相手は少し待ってくれることもありました。でも、私が答えられないままでいると、やがて別の話題になってしまいます。そのたびに「あっ、またか」と思いました。
私はそのまま、みんなが話しているのを聞いていました。話の中に入りたいと思っていても、どうやって入ればいいのか分かりません。自分から声をかけることもできませんでした。
休み時間も、一人でいることが多くありました。周りでは、みんなが楽しそうに話しています。私も一緒に話したいと思っていました。でも、「何を話せばいいんだろう」「話しかけて変に思われたらどうしよう」と考えているうちに、何も言えないまま休み時間が終わっていました。
一人でいることに慣れているように見えたかもしれません。でも、本当は寂しかったです。
言われて傷ついた言葉
話せないことで、「生きてるか死んでるかわからないな」と言われたことがあります。「能面のよう」と言われたこともあります。
でも、私は何も感じていなかったわけではありません。みんなの話を聞いていました。言われた言葉に傷つくこともありました。ただ、その気持ちを言葉にして相手に伝えることができなかっただけです。
外からは何も考えていないように見えていたのかもしれません。でも、私の中には、ちゃんと気持ちがありました。
その頃のことは、次の記事にも書いています。
25歳くらいのころ、「選択性緘黙症」と言われた
25歳くらいのころ、私は「選択性緘黙症」と言われました。そのとき、「病気だったんだな」と思いました。
家族とは話せるのに、外では話せない。話したいのに、声が出ない。そんな自分の「話せないこと」に、初めて名前がつきました。
インターネットで調べて、涙が出た
そのあと、インターネットで選択性緘黙症について調べました。すると、そこには私と同じような体験をしている人がいました。
同じ体験をしている人がいることを知って、涙が出ました。
子どもの頃の私は、どうして自分が話せないのか分かりませんでした。大人になって「選択性緘黙症」という言葉を知り、子どもの頃には分からなかった「話せない」ということに、名前があったと知りました。
名前がついて、少し分かったこと
「選択性緘黙症」という言葉を知ったとき、初めて自分の経験が少し分かったような気がしました。
私は、話したくなかったのではありません。話したいのに、声が出なかったのです。
話したいのに話せない。その苦しさは、外からは分かりにくいものだと思います。
周りの人にお願いしたいこと
私の経験から、次のように思っています。
- 答えられないとき、「話したくないのだ」と決めつけないでほしい
- 「はい」「いいえ」で答えられる聞き方だと、首を振るなどで答えられることがある
- 話せないことと、分かっていないことは違う
- 一度声が出たからといって、いつでも同じように話せるわけではない
人によって、話せる場面や話せない場面は違います。本人や専門家に確認しながら、その人に合った関わり方を探してもらえたら、と思います。
同じように悩んでいる方へ
子どもの頃の私に、「あなたが話したくなかったわけではないよ」と伝えてあげたいです。
私の体験が、同じように「話したいのに話せない」と悩んでいる人や、その周りにいる人に、少しでも届けばうれしいです。診断や支援について知りたいときは、医療機関や、選択性緘黙の専門団体の情報も確認してみてください。
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この記事を書いた人
かおり。選択性緘黙とASDの当事者です。プロフィールはこちら
この記事は私個人の体験をまとめたもので、医療上の助言ではありません。体調が心配なときは、医療機関や専門の相談窓口に相談してください。詳しくは免責事項をご覧ください。