助けてほしいのに、「助けて」と言えなくなった理由

この記事には、子どもの頃の嫌がらせの経験が出てきます。読むのがつらくなったときは、無理をせず閉じてください。

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幼稚園の頃、助けてもらえなかった

幼稚園の頃、背の順に並んでいるとき、後ろにいた子から体当たりをされることがありました。私はそのことを母に話しました。でも、先生に伝えてもらうことはありませんでした。先生にも気づいてほしかったし、助けてほしかったです。でも、何も変わりませんでした。

「やめて」と言っても、助けてもらえなかった

小学3年生の頃には、隣の席の男子から、体を触られるという嫌がらせを受けていました。私は「やめて」と言いました。でも、やめてもらえませんでした。母にも話しました。でも、「からかわれているだけよ」と言われただけでした。先生も、周りの子も見ていたはずなのに、誰も助けてくれませんでした。

「言っても助けてもらえない」と思うようになった

こういう経験が重なるうちに、「どうせ言っても助けてもらえない」と思うようになっていったのだと思います。私は、最初から助けを求めない子だったわけではありません。嫌なことがあれば、母に話していました。「やめて」と言うこともありました。でも、それでも状況は変わりませんでした。

だから少しずつ、「言っても無駄なんだ」「自分で耐えるしかないんだ」と思うようになっていきました。

中学生になっても、先生に言えなかった

中学生の頃、嫌なことがあって担任の先生から「何があったの?」と聞かれたことがありました。でも、私は言えませんでした。心の中では、「どうせ言っても助けてくれないでしょ」と思っていました。幼い頃から、助けを求めても助けてもらえなかった経験が残っていたからです。

助けを求めることが苦手だったのではなく、期待できなくなっていた

今振り返ると、私は「助けを求める力がなかった」のではないと思います。助けを求めても、届かない経験が多すぎたのだと思います。「やめて」と言っても止めてもらえない。親に話しても、深刻に受け止めてもらえない。先生や周りの人にも気づいてほしいのに、誰も助けてくれない。そんなことが続けば、「助けて」と言うこと自体をあきらめてしまう。私は、そうなっていったのだと思います。

今でも、あの頃のことを思い出すと苦しくなります。でも今は、助けを求められなかった自分を責める必要はなかったと思っています。

まずは日記に書き出してから考える

今は、困ったことやつらかったことがあると、まずは自分しか見ない日記に書き出すことがあります。書いているうちに気持ちが少し整理されて、「これなら誰かに話してみようかな」と思えることがあります。いきなり人に話すよりも、一度自分の中で言葉にしてからの方が、私は伝えやすいです。

夫には話しやすい

毎日一緒にいる夫には、比較的話しやすいです。生活の中で困ったことや、その日にあったことを話すことがあります。ただ、夫は病院の先生ではないので、医学的なアドバイスを求めているわけではありません。私にとっては、まず話を聞いてもらえること自体が助けになっています。

医学的なことや治療について相談したいときは、主治医など専門の人に相談する。それ以外の気持ちや日常の困りごとは、夫に聞いてもらう。今は、相談する相手によって話す内容を少し分けるようになっています。

同じような経験をした方へ

子どもの頃に助けてもらえなかった経験があると、大人になっても「助けて」と言いにくいことがあります。それは弱さではなく、そうなる理由があったのだと思います。話すことが難しいときは、文字で相談できる窓口もあります。話すのが苦手な人のための相談先の探し方も参考にしてください。

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この記事を書いた人
かおり。選択性緘黙とASDの当事者です。プロフィールはこちら

この記事は私個人の体験をまとめたもので、医療上の助言ではありません。体調が心配なときは、医療機関や専門の相談窓口に相談してください。詳しくは免責事項をご覧ください。